2013年12月16日月曜日

韓国政府、苦渋の原発新設計画電力需要増:対案なしで6~8基さらに建設

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●韓国南部・釜山(Busan)港に近い古里(Gori)原発で建設中の原子炉(2013年2月5日撮影、資料写真)。(c)AFP/JUNG YEON-JE


JB Press 2013.12.16(月)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39440

韓国政府、苦渋の原発新設計画電力需要増、対案なしで6~8基さらに建設

 2013年12月10日、韓国の産業通商資源部は国会に、2035年までの「第2次国家エネルギー基本計画案」を報告した。
 最大の目玉は、エネルギー需要の増大に対応して、さらに6~8基の原子力発電所を新設するという内容が盛り込まれたことだ。
 福島の原発事故以降、韓国でも原発の安全性に対する強い疑問の声が上がっているが、「代案がない」ということで苦渋の選択となった。

 産業通商資源部が国会に基本計画案を報告した12月10日、次官と国会議員との間で激しい議論があった。
 「原発増設」を批判する議員と次官との論争がヒートアップしてこんなやり取りもあった。

■「原発大国」目指していた韓国、日本も引き合いに出して大激論

 次官::「日本政府の場合も、原発再稼働に向けて動き始めている」

 議員::「日本がそうだからと言って、どうして我々も(原発増設を)しなければならないのか!
  我々は日本の植民地だとでも言うのか!」

 こんなやり取りが飛び出したのも、エネルギー政策に関して、韓国内でもさまざまな議論があるからだ。

 産業通商資源部が報告した案をまずは見てみよう。

 同部は2035年までに、総エネルギー消費量が年平均0.9%、電力需要が同2.5%増加するとした。
 2035年の電力需要は7020万石油換算トン(TOE)と予測した。

 このうち、原発依存度を29%とする方針を掲げた。

 原発依存度が29%というのは、前の李明博(イ・ミョンバク)政権時代と比較すれば大幅な引き下げだ。
 2008年に策定した「第1次国家エネルギー基本計画」では原発依存度を世界でもフランスに次ぐ水準である41%と設定していた。

 李明博政権はアラブ首長国連邦(UAE)から原発建設を受注したこともあって「原発大国」を目指していたのだ。

 ところが、今回の案では、原発依存度を29%と12ポイント引き下げた。
 福島の原発事故以来、韓国内でも原発の安全性に対する懸念の声が高まり、どんどん原発を建設するという雰囲気はまったくなくなってしまったからだ。

 それでも新しい案が「脱原発」かと言えば、そうでもない。

 現在の原発依存度は26%。
 2035年にはこれをわずかだが引き上げることに変わりがない。

 ではどのくらいの原発が必要なのか。

 韓国で現在稼働中、またはメンテナンス作業中の原発は23基。
 建設中の原発は5基だ。
 さらに6基については建設計画が確定して、用地の選定も終わっている。

 現行の23基に加えて11基増えるということだ。

 今回の案では、2035年の原発依存度を29%と仮定すると、電力需要増に対応するためには原発が40~42基必要だとしている。

 稼働・メンテナンス中の23基、これから稼働することが決まっている11基を合わせても34基。
 新たに6~8基の原発が必要だということだ。

■向こう20年間、ほぼ年1基のペースで原発建設

 2014年から2035年までの20年間で、17基から19基。簡単に言えば、これから20年間、ほぼ1年に1基のペースで原発を新設するということで、これではまったく「脱原発」とは言えない政策だ。

 もちろん、韓国政府にとっても苦渋の選択であることは間違いない。

 欧米などでは福島原発事故以降、原発依存を減らす方向に政策の舵を切り始めた。
 世界的に見ても、原発を相次いで建設しようという計画を立てているのは、中国、ロシア、インドなどに限られている。

 シェールガスの開発が本格化するなど、エネルギー革命も進行中で、2035年までの計画で、原発新設を中核にすえた計画が妥当かどうか懸念する声は産業界にもある。

 だからと言って、代案があるわけでもない。

■原発停止を切り抜けてきた日本経済の底力、韓国には・・・

 ある大企業の役員はこう話す。

 「福島原発事故以降、日本はすべての原発が停止した。
 その結果、天然ガスなどの輸入が急増して巨額の貿易赤字が続いている。
 それでも経常黒字を維持できているのは、日本経済の底力だ。
 残念ながら韓国ではそういう選択肢は今は無理だ」

 産業通商資源部も、今回の案を策定するにあたって
 「原発を過度に拡大することも、急激に縮小する政策も取らなかった」
と説明しているが、こうした説明こそが、苦渋の選択だったことを示している。

 国会に今回の案を説明した翌日の12月11日。ソウルの韓国電力で「公聴会」が開かれた。
 各界の意見を広く聞くことが目的だったが、会場付近は朝から騒然として雰囲気に包まれた。

 「脱原発」「反原発」を標榜する市民団体が詰めかけ、計画案の撤回などを求めてシュプレヒコールを挙げた。

 会場入り口では、所持品検査をしようとする警察官とこれを阻止しようとする市民団体関係との間で激しいもみあいも繰り広げられた。

 韓国政府は、韓国東部の江原道と慶尚北道の海沿いの地域を新しい原発建設場所として想定しているが、今後、具体的な計画が固めれば強い反対運動も予想される。

■慢性的な電力不足危機に「原発もやむなし」の声も

 また、使用済み核燃料の貯蔵施設も10年後には満杯になると見られている。
 米国産ウラン燃料を使った使用済み核燃料の再処理を巡る米韓交渉とともに、新しい貯蔵施設建設という難問も待ち受けている。

 韓国でももちろん、脱原発の声が強まっている。
 それでも一方で、「原発もやむを得ない」という声もまだ多い。

 韓国ではここ数年、夏と冬になると慢性的な「電力不足危機」が続いている。
 格安の電気料金と、これに長年慣れてしまった結果の「電力の無駄遣い」、さらに甘い需給予測などが重なったためだ。

 韓国政府は、節電対策の徹底と電気料金の値上げで何とか「電力危機」回避を図っているのが実情だ。
 だが、韓国では長年、政府が電気料金や交通料金を抑制してきたせいで、「安い料金」慣れしており、日本のように「料金政策」を通して節電意識を浸透させるのにも限界がある。

■中小・零細企業にとっては電気料金値上げは死活問題

 産業界からは、「安い電気料金が韓国の産業競争力の源泉の1つだ」との声も根強い。
 中小・零細企業にとって、電気料金値上げは死活問題だ。
 また、「安い電気代」を武器に外国企業を誘致してきたこともあり、政府の今回の計画案に産業界からは目立った反対はない。

 エネルギー需給、コスト、安全性、国民的なコンセンサス・・・。
 さまざまな問題に決着がつかない中で、韓国政府は苦渋の選択をしつつあるが、世論の動向次第でその実現までにはまだ超えなければならないハードルも多い。

 小泉純一郎元首相の活発な「脱原発」主張で揺れる日本を横目に、韓国でも今後、原発を巡る議論が激しくなることは必至だ。


玉置 直司 (たまき・ただし)Tadashi Tamaki
日本経済新聞記者として長年、企業取材を続けた。ヒューストン支局勤務を経て、ソウル支局長も歴任。主な著書に『韓国はなぜ改革できたのか』『インテルとともに―ゴードン・ムーア 私の履歴書』(取材・構成)、最新刊の『韓国財閥はどこへ行く』など。2011年8月に退社。現在は、韓国在住。LEE&KO法律事務所顧問などとして活動中。




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